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高知地方裁判所 平成3年(わ)24号 判決

主文

一  判示第一の事実(千葉事件)について

被告人を無期懲役に処する。

白色ビニール紐二本(平成三年押第六号の18、19)を没収する。

一  判示第二の事実(高知各事件)について

被告人を死刑に処する。

組紐一本(平成三年押第六号の16)及びカッターナイフ一本(同押号の17)を没収する。

バック切端一片(同押号の1)及びキャッシュカード片一二片(同押号の2ないし13)を被害者F子の相続人に還付する。

理由

(事実)

第一  千葉事件

(犯行に至る経緯)

被告人は、昭和二二年五月二一日、高知市内において、A、B子の三男として出生した。被告人が小学六年生の時、B子の兄であるCの要望によつてC及びその妻の養子となり、C夫妻が千葉県に転居したのに伴い被告人も千葉県の中学に転校したが、中学一年生の終わりころには右養子縁組が解消されたため、再び高知市で実父母と共に暮らすようになつた。被告人は、その後高校に進学したが、そのころから週刊誌の記事等により性的知識を得て、女性とのセックスや性的事件に強い興味を示すようになつた。そして、高校三年の時に家族が神奈川県に転居したので、高校卒業後すぐに神奈川県に行き、同県内の金物会社等で働いていたが、神奈川県警察官採用試験に合格したことから、昭和四二年四月に警察学校に入校し、昭和四三年四月からは神奈川県警の警察官として交番に勤務していた。ところが、そのころ知り合つたスナック店員との結婚を親に反対されたため、神奈川県警を退職して右女性と駆け落ちをして高知に来たが、その後、結婚について両親の承諾を得たため再び神奈川県に戻り、運転手等の仕事をしていた。しかし、両親と妻との間がうまく行かず、板挟みになつて苦慮したことなどによるストレスを解消するため、昭和四四年五月に強盗致傷事件を続けて二件起こし(一件は強姦を伴う)、昭和四五年八月に東京高等裁判所において懲役七年の刑を受け、松山刑務所で服役することとなり、右女性とは離婚した。

被告人は、昭和四九年九月に刑務所を仮出獄し、千葉市内の運送会社勤務を経て、昭和五三年三月から同市内の乙山株式会社(その後、「丙川株式会社」に商号を変更した。)に勤務するようになり、昭和五五年四月には生産課係長に、昭和五六年一一月には生産課課長代理に、そして昭和五七年四月には生産課課長へと昇進して行き、また、昭和五四年一〇月には、前記運送会社勤務中に知り合つた女性と結婚した。しかしながら、昭和五七年五月に部下が労災事故で死亡し、昭和五八年夏ころには輸入した材木に大量のカビが発生するという問題が生じてその対策に追われたりしていたことなどに加えて、新しい上司との折り合いが悪かつたことや職務上の権限が縮小されたことなどがあり、徐々に仕事上の不満やストレスが溜まつて行き、憂さを晴らすために行つた趣味のパチンコでも負けが込んでその資金がなくなつたりするなどし、鬱屈した思いが募るばかりであつた。そして、被告人は、松山刑務所を仮出獄したころからSM雑誌を読むなどしているうちに、女性を縛つていじめ、セックスをするということにも強い興味を持つようになつており、その上、以前行つた強盗強姦事件のスリルと興奮が忘れられずにいたところ、右のような鬱屈した思いが募つて来たため、再びその際の感覚を味わつて憂さを晴らし、小遣い銭も稼ごうと考えるに至り、女性を騙して車に連れ込んだ上、ナイフで脅して紐で縛り、人気のないところまで連れて行つて強姦し、金品を強奪しようと計画を立てて、国鉄(当時)の千葉駅や西千葉駅前のバス停留所でバス待ちをしている女性に何度か声をかけ、自宅まで送るからという口実で自分の車に乗るよう誘つていたが、いずれも失敗に終わつていた。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五八年八月一六日の夕刻、普通乗用自動車を運転しながら、声をかける相手を物色していたが、同日午後七時二五分ころ、千葉市松波二丁目六番所在の日本国有鉄道(当時)西千葉駅京成バス停留所付近においてバス待ちをしていたD子(当時一八歳)を見付け、同女から金員を強取するとともに強姦もしようと企て、同女に対し、その自宅付近まで送り届ける旨を告げて右車両の助手席に乗車させ、同日午後七時三〇分ころ、同市みつわ台一丁目二六番付近路上に停車させた同車両内において、同女に対し、あらかじめ用意していたクラフトナイフを突き付け、「静かにしろ。静かにしないと殺すぞ。」などと言つて脅迫し、荷造り用ビニール紐(平成三年押第六号の18)で同女の両手首を後手に縛り上げて反抗できないようにした上、同日午後七時四五分ころ、同車両で千葉県四街道市鹿放ケ丘三二二番三付近路上まで行き、同車両内で、両手首を縛られて抵抗できない状態にある同女を強姦した。ところが、強姦直後に同女が思い詰めた表情をしていたことから、被告人は、警察に届け出られるのではないかと考え、犯行の発覚を恐れて口封じのため同女を殺害しようと決意し、強盗強姦のために用意していた荷造り用ビニール紐(平成三年押第六号の19)を同女の首に巻き付けて力一杯引つ張り、そのころ、その場所で、同女を窒息死させて殺害した上、同女所有の現金約一万五〇〇〇円及びハンドバック等八一点(時価合計約四万五五〇〇円相当)を強取したものである。

(犯行後の状況)

被告人は、千葉事件以後は、その発覚を恐れて新たな事件を起こさずにいたが、仕事上の悩みが続き、職務権限を再び縮小されるなどしたため、前と同様に再び強盗や強姦を行う目的でバス待ちをしている若い女性に声をかけるようになり、昭和五九年一一月には自己の運転する自動車に誘い込むことに成功し、強姦致傷事件を起こした。ところが、その後被告人が被害者を求めて物色しているときに職務質問をされ、右強姦致傷事件について任意出頭を求められたので、被告人は、事情聴取を避けて逃亡した後、自殺してしまおうと考えて逃亡先で遺書を作成して家族に送つたが、どうしても死に切れず、家族に電話したときに子供の声を聞き、さらに、妻から戻つて来るように説得されたため、もう一度やり直そうと決意した。そして、警察に出頭して右強姦致傷の事件で逮捕されたものの、千葉事件が発覚しないまま裁判を受け、昭和六〇年五月二一日に千葉地方裁判所において懲役四年六月の判決言渡しを受け、横須賀刑務所に服役した。

第二 高知各事件

一  高知滝本事件

(犯行に至る経緯)

被告人は、昭和六三年一〇月二〇日に仮出獄し、妻子の待つ高知市内に戻り、もう二度と事件を起こさないようにしようと決意していたが、喫茶店経営をしようと考えていたにもかかわらず妻にあつさりと反対され、また、仮出獄後に妻の父親に挨拶に行つたとき、家族のために事件を起こさないようにすることだけでなく、パチンコや煙草も止めるようにと言われたことに反発を感じたが、服役して迷惑を掛けた上にマンションを買い与えてもらつたり生活費の援助をしてもらつたりしていたことから何も言えずに肩身の狭い思いをし、さらに、同年一二月から勤め始めた丁原シャッター株式会社の営業方針や給料に対する不満も生じていたところ、そのようなストレスを解消するため家族に隠れて趣味のパチンコをしてはいたが、そのためには小遣い銭が十分でなく、妻やその親に対して肩身の狭い思いをしていることから小遣いの額の値上げを妻に頼むこともできず、段々と鬱屈した思いが溜まつて行つた。そうした中で、強盗強姦をするときのスリルと興奮が思い起こされ、若い女性を思いどおりに支配し、虐待して犯したいという強い欲望から、仮出獄時の更生しようとの決意も薄れて行き、会社から通勤及び営業用に軽四輪貨物自動車を貸与されたこともあつて、バス待ちの若い女性に声をかけて道案内を頼み、車に乗せて人気のないところに連れ込んだ上、両手を縛つて強盗及び強姦をして、憂さを晴らすとともにパチンコ代を稼ごうと考えるようになり、平成元年一月下旬ころからその準備を始め、組紐を購入したり、大型カッターナイフを準備するなどし、さらには精液から血液型が判明するのを防止するなどのためにコンドームまで用意して、夕刻に帰宅のためバス待ちをしている若い女性に声をかけるようになつた。同月二六日ころには、高知市旭町の蛍橋バス停留所で若い女性に声をかけて車に乗せることに成功したが、すぐに右女性の下車する場所に着いて降車してしまつたので、強盗及び強姦の目的を果たすことができなかつた。

(罪となるべき事実)

被告人は、

(一)  平成元年二月六日、前に蛍橋バス停留所で車に乗せた女性を再び誘つて強盗強姦をしようと考え、前記軽四輪貨物自動車を運転して、午後七時三〇分ころ、高知市《番地略》E方北川蛍橋バス停留所付近に赴いたところ、そこに若い女性がいたので、以前車に乗せた女性だと思つて近づいてみると、その女性は帰宅のためバス待ちをしていたF子(当時二四歳)であつた。被告人は、すぐに人違いであると気が付いたが、同女から金員を強取するとともに強姦もしようと直ちに決意し、同女に対し、一緒に車に乗つて道案内をして欲しいと頼み込み、同女を同車両の助手席に乗せて発進し、同日午後七時五〇分ころ、高知県吾川郡《番地略》G方東方約三〇メートルの路上に至るや車を止め、同車両内において、同女に対し、あらかじめ用意していた大型カッターナイフを突き付け、「静かにせい。騒ぐと殺すぞ。」「金はいくら持つている。」などと言つて脅迫し、組紐で同女の両手首を後手に縛つて反抗できないようにした上、再び車を走らせて強姦する場所を探し、同日午後八時一〇分ころ、高知市《番地略》H方農舎堆肥置場に車を乗り入れ、同車両内において、両手首を後手に縛られて抵抗できない状態にある同女を強姦した。ところが、同女が強姦されている間に一言もしやべらず、また、何ら抵抗もしなかつたことから、不気味に感じて、同女は意思の固いしつかりした性格であり、警察に届け出るのではないかと考え、犯行の発覚を恐れ同女を殺害しようと決意し、組紐を同女の首に巻き付けて左右に力一杯引つ張り、そのころ、その場所付近で、同女を窒息死させて殺害した上、同女所有の現金約二万円及びキャッシュカード等約一六点在中の手提げバック(時価合計約八八〇〇円相当)を強取し、

(二)  同日午後九時ころ、同市《番地略》I方東方約二五〇メートルの道路下に同女の死体を投げ捨てて遺棄したものである。

二 高知池田事件

(犯行に至る経緯)

被告人は、右犯行後、同月八日には丁原シャッター株式会社を退職し、同月二一日から戊田スレート株式会社に就職し、しばらくは犯行の発覚を恐れて強盗や強姦等を行つていなかつたが、やがて捜査が自分の方には及んでいないと判断するに及んで、妻らに隠れてパチンコをしたり煙草を吸つたりし、少ない小遣いでパチンコ代のやりくりをして、小遣いの値上げも言い出せない立場に情けない思いをするとともに、強盗、強姦をするときのスリルと快感を求める気持ちを抑え切れなくなり、いざとなつたら自殺をすれば良いというなげやりな考えも合わさり、溜まつたストレスを解消してパチンコ代をも稼ぐため、道案内を口実にバス待ちの女性を自己の運転する自動車内に誘い込んで金員を強取するとともに強姦しようと考えるようになり、平成二年春ころからカッターナイフ、組紐、地図のコピー等を用意した上、バス待ちの女性に声をかけて、勤務先の戊田スレート株式会社の事務所等に連れ込んでは、強盗や強姦を繰り返すようになつた。

(罪となるべき事実)

被告人は、平成二年九月八日午後六時四五分ころ、高知市桟橋通二丁目一番五〇号県民体育館前バス停留所付近で帰宅のためバス待ちをしていたJ子(当時二五歳)から金員を強取するとともに強姦もしようと企て、同女に対し、一緒に車に乗つて道案内をして欲しいと頼み込み、同女を自己の運転する普通乗用自動車助手席に乗車させ、同日午後七時二〇分ころ、同市《番地略》K方南方約一二〇メートルの路上に至るや車を止め、同車両内において、同女に対し、あらかじめ用意した大型カッターナイフを突き付け、「後ろに手を回せ。俺は金が欲しいんや。今何ぼ持つとるんや。」などと言つて脅迫し、組紐(平成三年押第六号の16)で同女の両手首を後手に縛つて反抗できないようにした上、同日午後七時五〇分ころ、同市横浜字竹ノ下一八一四番地八高知市漁業協同組合横浜水産施設空地に車を乗り入れ、同車両内において、両手首を後手に縛られた状態の同女の顔を平手で殴り、同女のパンティーストッキング、ガードル及びパンティーを剥ぎ取るなどの暴行を加えてさらに反抗ができないようにしたが、そこに他の車両が通行して来たため、見つかるのを恐れて自己車両を急発進させたところ、その隙に同女が車外へ飛び降りて逃走し、よつて、同女所有の現金約二〇〇〇円及び手提げバック等約一九点(時価合計約五万七六五〇円相当)を強取したが、姦淫の目的を遂げなかつたものである。

三 高知山田事件

(罪となるべき事実)

被告人は、その後も同様の手口で強盗や強姦事件を行い続け、平成二年九月二六日午後六時三〇分ころ、高知市知寄町一丁目四番三〇号門那ビル前のバス停留所付近で帰宅のためバス待ちをしていたL子(当時二三歳)から金員を強取することを企て、同女に対し、一緒に車に乗つて道案内をして欲しいと頼み込んで自己の運転する普通乗用自動車助手席に乗車させ、同日午後七時前ころ、同市湖見台一丁目三〇一六番先宅地造成地に至るや車を止め、同車両内において、同女に対し、あらかじめ用意したカッターナイフ(平成三年押第六号の17)を突き付け、「金を出せ。静かにせんと殺すぞ。」などと言つて脅迫し、反抗できない状態にした上、現金が入つている同女の手提げバックを引つ張り取ろうとしたが、同女が大声をあげて助けを求めた上、車両のドアを開けて逃げ出したため、その目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)《略》

(累犯前科及び確定裁判)

一  事実

昭和六〇年五月二一日千葉地方裁判所宣告

強姦致傷罪により懲役四年六月

昭和六〇年六月五日確定

平成元年七月二二日刑の執行終了

二  証拠

前科調書(高乙39、千乙12)、判決書謄本(高乙41、千乙14)

(法令の適用)

一  千葉事件について

罰 条

強盗強姦の点 刑法二四一条前段

強盗殺人の点 同法二四〇条後段

科刑上一罪の処理 同法五四条一項前段、一〇条(重い強盗殺人の罪の刑で処断)

刑種の選択 無期懲役刑

併合罪の処理 前記確定裁判のあつた強姦致傷罪と同法四五条後段の併合罪、同法五〇条

没収(白色ビニール紐二本) 同法一九条一項二号、二項本文

二  高知各事件について

罰 条

第二の一の(一)の行為(高知滝本事件・強盗強姦及び強盗殺人)

強盗強姦の点 刑法二四一条前段

強盗殺人の点 同法二四〇条後段

第二の一の(二)の行為(高知滝本事件・死体遺棄) 同法一九〇条

第二の二の行為(高知池田事件) 同法二四三条、二四一条前段

第二の三の行為(高知山田事件) 同法二四三条、二三六条一項

科刑上一罪の処理

第二の一の(一)の強盗強姦及び強盗殺人の各罪 同法五四条一項前段、一〇条(重い強盗殺人の罪の刑で処断)

刑種の選択

第二の一の(一)の罪 死刑

第二の二の罪 有期懲役刑

累犯加重 第二の二及び三につき、いずれも同法五六条一項、五七条、一四条

併合罪の処理 以上の高知各事件につき、同法四五条前段、四六条一項

没収(組紐一本及び大型カッターナイフ一本) 同法一九条一項二号、二項本文(組紐は高知池田事件の、カッターナイフは高知山田事件の各犯行の用に供されたもの)

被害者還付 刑事訴訟法三四七条一項

全事件について

訴訟費用の不負担 同法一八一条一項ただし書

(量刑の理由)

一  千葉事件について

本件は、被告人が、強盗及び強姦を行うことをあらかじめ計画し、自宅まで送つて行くとの甘言を弄してバス待ちをしていた被害者を自分の運転する車の中に誘い込み、人気のない場所で被害者にナイフを突き付けるなどして脅迫し、その両手をビニール紐で縛つた上でさらに別の場所まで移動して強姦したばかりか、犯行の発覚を恐れて被害者の首をビニール紐で絞めて殺し、被害者の持物を強取した事案である。

被告人が強盗強姦を引き起こした動機は、当時の会社の部下が労務災害で死亡したり、仕事上のトラブルの対策に追われたりする中で、仕事に対する自信をなくし鬱屈した思いが溜まつて行き、以前から興味を持つていた性的犯罪を行つてそのストレスの解消を行い、併せてパチンコ代等の小遣い銭を稼ぐため、以前行つたのと同様の方法で強盗強姦を行おうと考えるに至つたというものであつて、個人的、身勝手な動機をもつて、全く無関係の被害者を仕事上の不満のはけ口、性的・金銭的欲求の対象とし、その貞操及び財産を侵害したものであり、さらには被害者が警察に届け出るかもしれないと思うや自己保身の気持ちから安易にその殺害を決意して実行しており、自己中心的な動機から何ら罪のない被害者の尊い生命を奪い去つたものであつて、本件犯行に至つた動機について同情の余地は全くない。

その態様も、強盗及び強姦については、あらかじめ計画を練り上げ、被害者を縛るためのビニール紐や脅すためのクラフトナイフを用意して、甘言を弄して被害者を車の中に誘い込んだ上、刃物を突き付けて脅迫し、さらに、両手を後手に縛つて抵抗できないようにして、自己の性欲に任せて執拗に姦淫行為を行つて被害者を辱め、その所持品をも奪つたものである。そして、被害者の様子から警察に届け出られるのではないかと思うや、ただちに被害者の殺害を決意し、両手を後手に縛られて抵抗できない状態の被害者が悲しそうな声で「殺さないで」と哀願するのも無視し、ビニール紐の片端をシートベルトの取り付け金具に縛り付けて固定した上、そのビニール紐を被害者の首に何回か巻き付け、両手を使つて力一杯引つ張り、ビニール紐が切れて被害者が倒れ込んでも、さらに今度は、自分の足で被害者の頭や首を押さえ付けて固定し、後ろに体重をかけるようにして被害者の首に巻き付いたビニール紐を引つ張り、被害者の力が完全に抜けてしまい動かなくなるまでビニール紐を引つ張り続けて殺害するに至つたものであり、その犯行態様の執拗さ、残忍さは改めて指摘するまでもない程著しいものであつて、まさに冷酷非道と評さざるを得ない。

被害者であるD子は、三人きようだいの末つ子として生まれ育ち、父親を昭和五五年に亡くしはしたが、無事高校を卒業して就職し、周囲からは真面目で大人しく、素直な子と評価され、まさにこれから花も実もある人生を歩んで行こうとしたさなかに本件凶行に巻き込まれ、弱冠一八歳の若さでその人生を終わらせなければならなくなつたものであり、その純潔を犯され、尊い生命を無残にも奪われた無念さは想像するに余りあり、生じた結果も極めて重大である。また、そのような事情にかんがみると、遺族らの被害感情も極めて強く、被害者の母親が、事件から一〇年以上経過した時点においても極刑を望むほどに被告人のことを憎み続けるその心情も十分理解できるものである。

そして、若い女性が乱暴されてその遺体を無残にも道路脇に捨て去られていた本件は、世間の注目を浴び、社会に与えた不安感、恐怖感等、社会的影響も大きい。

しかも、被告人には本件と同じような手口での強盗致傷、強盗強姦の罪での前科があり、懲役七年の判決を受けて四年余り服役しながら、なお、再度本件のような重大な事件を引き起こしたことを考えると被告人の刑事責任は極めて重いといわざるを得ない。

以上の諸点にかんがみると、被告人は、本件についても反省の意を表し、特に本件被害者の死体を放置した現場に実況見分のため赴く際には、花束を用意した上で献花し、被害者の冥福を祈つていること、殺人に関してはあらかじめ計画して行つたものではないこと、本件と併合罪の関係にある強姦致傷の罪によつて懲役四年六月の刑の言い渡しを受け、その執行を受け終わつていることなどの一切の事情を考慮に入れても、被告人を無期懲役の刑に処するのが相当であると判断し、主文のとおり量刑した。

二  高知各事件について

本件は、被告人が、道案内をしてもらうことを口実に被害者を自分の運転する車に乗せて人気のないところまで車を運転して行き、被害者にカッターナイフを突き付けるなどして脅迫し、その両手を組紐で縛つて強姦した上、犯行の発覚を恐れて組紐で首を絞めて殺して、被害者の持物を強取し、その死体を投棄した強盗強姦、強盗殺人、死体遺棄事件(高知滝本事件)の他、同様の手口での強盗強姦未遂(高知池田事件)及び強盗未遂(高知山田事件)を行つた事案である。

本件各犯行の動機は、高知滝本事件については、服役していたことなどもあつて妻やその両親に対して肩身の狭い思いをし、被告人の職場に対する不満等も生じて来て、それらのストレスを趣味のパチンコで解消しようにも小遣い銭が足りなくなり、妻に小遣い額の値上げを求めることもできず、鬱屈した思いが溜まつて来たことから、その憂さを晴らし、パチンコ代を手に入れるとともに、若い女性を思いどおりに支配し、虐待して犯すことによるスリルと興奮を味わうため、女性を騙して自分の運転する車に誘い込み、強盗及び強姦を行おうと考えて実行したものであり、さらに、強姦後、被害者が警察に届け出るのではないかと考えるや、再び刑務所に入ることを避けたいという自己保身の気持ちから、直ちに被害者を殺害することを決意し、実行したものである。高知池田事件及び高知山田事件については、高知滝本事件の捜査が自分の所まで及んでいないと考えるや、前同様、妻らに対する肩身の狭い思いなどから僅かな小遣いで隠れてパチンコをしていることに鬱屈した思いが溜まり、見つかつたら自殺すればいいという投げやりな気持ちも加わり、スリルと快感を求める気持ちが抑え切れなくなつて犯行を実行したものである。いずれも極めて個人的、かつ身勝手な動機であり、そのような動機から、全く関係のない被害者らの貞操及び財産を奪い、あるいは奪おうとし、ひいてはその尊い生命までをも奪つたものであつて、本件各犯行の動機については全く同情や酌量の余地はない。

そして、その罪質や態様についても、高知滝本事件においては、あらかじめ強盗及び強姦の計画を練り上げて被害者を縛るための組紐や大型カッターナイフを準備し、さらには精液により血液型が判明することを防止するなどのためコンドームまで用意した上、バス停留所付近を車で徘徊してバス待ちの若い女性を物色し、目的地までの道が分からずに困つているふうを装つて被害者に道案内を乞い、被害者がこれに同情して道案内を承諾するや車に乗せて人気のない場所まで連れて行き、いきなりカッターナイフを突き付けて脅迫し、さらには被害者の両手を後手に縛つて抵抗できないようにして、自宅近くまで来ていた被害者が「もうそこに家が見えよるのに」と悲しそうな口調でつぶやくのも無視して強姦するのに適当な場所まで車を走らせ、下着をカッターナイフで切るなどして脱がせ、手を縛られて抵抗できない被害者を強姦したものである。そして、被害者の様子から警察に届け出られるのではないかと思うや、ただちに被害者の殺害を決意し、被害者のパンティーストッキングでその両足を縛り、その両手も後手に縛られたままで全く抵抗できない状態にあつた被害者の首に組紐をかけて両手で力一杯左右に引つ張り、被害者が動かなくなるのを確認するまで絞め続けて殺し、さらにはその死体の捨て場所を探してさまよつたすえ、遺体を崖下に投げ捨てたものであつて、その罪質、態様ともに悪質であり、特に殺害の態様については無抵抗の被害者に対し執拗に組紐を引つ張り続けて窒息死させており、冷酷非道な犯行と評価すべきものである。また、高知池田事件においては、高知滝本事件から一年余りを経てもその捜査の手が自分に伸びていないと判断するや、再び同種の犯行を計画し、さらに今度は、道案内を頼むときに仕事の都合で来ているかのように装つて相手を信用させるため住宅地図のコピーも準備して、帰宅のためのバス待ちをしている若い女性に狙いを定めて物色し、被害者が被告人の道案内の依頼に応じてその車に乗り込むと、人気のないところまで連れ込み、カッターナイフを突き付けて脅迫し、強姦場所を求めて車を走らせ、一旦港に車を止めて被害者の下着を脱がせるなどしていたときにたまたま他の車両が現場に来たため慌てて車を発進させ、その隙を見て被害者が走行中の車から飛び出して逃げたため、強姦の目的は達せず、被害者の金品の強奪のみを行つたというものであり、高知山田事件については、これまた同様の手口で被害者を車に乗せて人気のないところに連れ込み、カッターナイフを突き付けて脅迫したが、被害者が激しく抵抗して逃げ出したため強盗の目的を遂げなかつたというものである。これらの強盗や強姦については、あらかじめ周到に計画されたものであり、被告人の困つた様子に親切心から道案内に応じた被害者に刃物を突き付け、いわば密室の車内においてその財産や貞操を奪い、あるいは奪おうとしたものであつて、他人の親切心を逆手にとつての卑劣な犯行であり、その罪質、態様ともに悪質であり、このような罪質等にかんがみると、被害者らが親切心から被告人の車に乗り込んだことを、その落ち度として被告人に有利に考慮することは到底でき得るものではない。

高知滝本事件の被害者であるF子は、二人姉妹の長女として生まれ育ち、短大卒業後は銀行に勤め、事件当時は弱冠二四歳で仕事にも慣れ、その性格も温厚で真面目と評価の高い未婚の女性で、まさに、いよいよこれから花を咲かせ充実した楽しい人生を送ることになるであろう矢先に、強姦された上、何物にも代え難い若い生命を無残にも奪われた悔しさ、無念さは筆舌に尽くし難く、その生じた結果も極めて重大であり、また、高知池田事件、高知山田事件についても、被害者らに与えた恐怖や心の傷は計り知れないものがある。

さらに、高知滝本事件の遺族らの被害感情が極めて強いことはいうまでもなく、両親ともに事件のことがきつかけで体調を崩すなどし、被害者の父親が、被告人が娘を元の体で返さない限り決して許すことはない、絶対に被告人を死刑にしてほしいと願うその心情も、愛する娘を失つた父親の切実な叫びとして十分理解できるものである上、高知各事件の被害者らや遺族らに対して何ら慰謝の措置も講じられてはいない。

そして、若い女性が乱暴され、その遺体が無残にも捨て去られていた高知滝本事件が社会に与えた衝撃は極めて大きく、その社会的影響も重大であり、さらに高知池田事件、高知山田事件についても、若い女性を狙い、その親切心に付け込んで連続して強盗強姦を行つたものであり、社会に与えた恐怖や不安は大きいといえる。

また、被告人は、千葉事件において、高知滝本事件と同様の場面で若い女性の尊い命を奪つておりながら更に高知滝本事件を敢行しており、しかも、さほど躊躇もせず、さして抵抗も感じないで敢行していることに照らすと、他人の生命を尊重するという人間として当然の態度を被告人の中に見い出すことは困難であつて、その人命軽視の人格態度は強く非難されるべきであり、被告人に対して極めて重い責任非難が与えられるべきである。もちろん、高知各事件において審判の対象となる生命侵害の事実は、あくまでF子一名の命を奪つたことであり、それ以前の千葉事件でD子の命を奪つたことについてはその後に確定裁判が存在する関係上、別個に量刑評価されることになり、また、その刑についてもまだ執行を受けたわけではないから、その刑の執行による矯正を受けた後に犯した犯行と同一に論ずることはできず、従つて、そのような意味での非難を被告人に与えることはできない。かといつて、かつて人一人の命を奪つているということが高知各事件の量刑評価において全く意味を持たないものではなく、右に述べたように、被告人の生命軽視の資質及び人格態度を推し量り、責任非難を与える要素としては十分に考慮されるべきものであつて、その限りにおいて判断の要素として取り入れられるものである。

しかも、被告人には強姦や強盗での同種前科が二回ある上、高知市内においても、高知各事件以外に同様の手口での多数の強盗や強姦を行つており、この種事案についての被告人のサディスティックな異常な欲望や常習性には著しいものがあり、本件各殺人についてもそれらの強盗強姦から発展したものであつて、特に高知滝本事件が強盗強姦行為の後に行われた二度目の殺人であることからすると、殺人行為も果たして純粋に偶発的なものと言えるのか大きな疑問が残る。さらには、被告人は、強盗致傷、強盗強姦の罪で懲役七年の判決を受けて四年余り服役し、また強姦致傷の罪で懲役四年六月の判決を受けて三年余り服役したにもかかわらず、なおかつ、再度本件のような重大な事件を引き起こし、とりわけ、高知滝本事件については仮出獄後わずか三か月半後の犯行であつたこと、さらには、先行の殺人事件(千葉事件)については服役はしていないものの、高知滝本事件が二度目の殺人事件であることを考えると、果たして自由刑によつて被告人の矯正をはかることができるのか大いに疑問である。特に、被告人が前二回のいずれの服役においても、施設内においては規律正しく生活し、早期の仮出獄を得ており、それにもかかわらず犯行を繰り返していることからすると、被告人には、本質的に強盗、強姦への強い欲望があつて、犯罪性向は根深く、一旦自由になるとこれを抑止することができなくなり、挙句の果てに殺害行為に発展する危険性のあることを否定できないものであつて、被告人に対し再度自由刑を科しても同様の結果になる可能性は高いものといえる。

また、当審で行つた精神科神経科医師高坂要一郎による鑑定の結果(高坂作成の鑑定書、第八回公判調書中の証人高坂の供述部分、証人高坂の公判供述)によると、被告人は優秀な知能を有し(WAIS-R知能検査によるIQ=一二四)、几帳面、完全主義的で自尊心が強く、要求水準が高いが、生育過程において両親から過度に干渉され抑圧されたことから来る心理的防衛機制が非常に強くあり、性格的歪みを生じさせており、逆境時には被害的となりやすく、その上適切なストレス発散の場や手段を持たないため、抑圧された形で心的エネルギーが蓄積され、そのはけ口として本件各犯行が行われたものであり、その犯行は被告人の人格統合の不完全さに由来するものではあるが、被告人の刑事責任能力には問題はないことが認められ、その鑑定内容にかんがみると、被告人は分別ある年齢相応の人間としてその責任を負うべきであり、本件事案において、その生育過程上及び資質上の問題点を被告人に特に有利に考慮することはできない。

次に、被告人に有利な事情について検討するが、まず、本件に関する被告人の反省の態度が挙げられる。すなわち、被告人は、前回の強姦致傷事件の取調べの際も、また、高知山田事件の取調べの際も、千葉事件及び高知滝本事件については自供しない気持ちでいたが、事実を述べずに隠し続けることが苦痛でもあり、高知山田事件の取調べの際に、取調べ警察官から「白紙にならなければ再出発はできない。」などと言われたこともあつて、ポリグラフ検査を受けたことをきつかけに高知滝本事件について自供し、高知各事件の取調べが一通り終わつた後に、今度は千葉事件についてポリグラフ検査を受けるように言われたが、検査を受けずに自ら千葉事件についても自供したものであつて、いずれの自供内容もことさら自分に有利な事実を捏造して述べようとの態度は見受けられず、不利な事実も含めて概ね記憶に基づいて語つているものと思われる。かような自白の経過からは、被告人の気持ちの中に、出来れば死刑にならずにやり直したいとの思いも含まれてはいたであろうが、殺人事件についての悔悟の念も同時に根付いていたことが窺えるものである。そして、高知滝本事件の死体遺棄現場での実況見分時の被告人の態度や、現在も被害者らの冥福を祈つてお経を唱え続けていることからすると、事件に対する反省、悔悟の念を認めることができ、また、公判廷においても冷静に犯行を振り返る被告人の態度には人間らしい感情の欠如を思わせる点もありはするが、自己の行為を振り返り、強い後悔の念を抱いていることを窺うことができないではない。

さらに、強盗や強姦については周到に計画され、常習的な傾向を有するものと言えるが、殺害行為そのものについては、あらかじめ計画していたものではなく、周到に準備した殺人事件等とは同列には論じ得ず、その限度では有利な事情と考えられる。

ところで、強盗殺人罪について、刑法二四〇条後段は、死刑又は無期懲役に処する旨を規定しており、死刑がいわゆる残虐な刑罰にあたるものではなく、死刑を定めた刑法の規定が憲法に違反しないことは最高裁大法廷の判例(昭和二三年三月一二日判決・刑集二巻三号一九一頁)とするところであるが、死刑が人間存在の根元である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な極刑であり、まことにやむを得ない場合における究極の刑罰であつて、その適用が慎重に行われなければならないことは言うまでもない。

そこで、以上の観点を踏まえた上、慎重に判断するに、本件高知各事件、とりわけ高知滝本事件については、前記被告人の有利な情状を最大限に斟酌しても、前述の本件犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性、遺族の被害感情、社会的影響、被告人の年齢、性格や犯罪性向、前科、さらには高知滝本事件が被告人の殺人事件として二件目であることなどに照らすと、犯情はまことに悪質で、その罪責は極めて重大であり、一般予防の見地からしても、最早自由刑で処断しうる限界を超えているものと評価せざるを得ず、極刑をもつて臨むのもやむを得ないと認め、主文のとおり死刑を選択し、量刑する次第である。

(裁判長裁判官 隅田景一 裁判官 久我保惠 裁判官 小倉哲浩)

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